沿革


明治24年(1891)小澤愛次郎によって、埼玉県羽生市に創設されました。

昭和 9年(1934)初代館長小澤愛次郎が70歳のときに古希を記念して、現在の地に
         青少年の修行の場として、木造平屋建ての道場を竣工開館しました。

昭和52年(1977)第二代館長小澤丘は、木造の旧道場が老朽化したため、それを取り
         壊し3月6日落成開館し、盈進義塾興武館として現在に至っています。




 

第二代館長 小澤 丘 範士九段(満90歳)
      平成3年5月撮影




盈進義塾興武館「盈進」の意味
 孟子の門人除子が尋ねた。
 「孔子はたびたび水をほめたたえて『水なるかな、水なるかな』といわれまし
たが、水にどんな取り柄があるのでしょうか。」
 孟子は答えられた。
 「水源のある水は、混混として夜昼となく休みなく流れて、行く先々に窪地
があれば、それをいっぱいに満たしてから先へ進んでゆき、ついに四方の海
に辿り着くのである。本源のあるものはすべてこのように決して尽きることが
ない。ほかならぬこの点を孔子はほめたたえたのである。
 ところが、もしも水源がなかったら、七八月の頃にあめがふりつづくと田圃
の大溝小溝は忽ちいっぱいになるが、いざ降りやめば、立ちどころに涸れは
ててしまうものだ。だから、実際以上に盛んな空評判は水源のないと同様、
決して長つづきはせぬもので、君子はこれを恥としてきらうのである。」


   文献:『孟子』(下)岩波書店pp80 1993